2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

Counter



2007/03/20

箱館戦争・第六話

歴史上の戦いシリーズ第三弾、箱館戦争第六話、最終話です。
第一話は開戦までの経緯
第二話は箱館戦争の序盤
第三話は箱館戦争の中盤
第四話は箱館戦争の終盤
第五話は簡単なまとめ
について述べました。今回は、主要人物にスポットを当てたいと思います。

①榎本武揚

Enomoto

総裁として箱館戦争を戦った榎本は、こののち新政府で顕職を歴任します。これをもってして、「二君に仕えた不忠者」というレッテルを貼られることが多いです。福沢諭吉には、「やせ我慢の説」という書簡の中でボロクソに酷評されたしね。

だけど、その手の批判は表面しか見てないことが多いです。榎本は、降伏を決意した明治2(1869)年5月17日の夜、みんなで最後の酒盛りをしている中、一人で自室に戻って切腹しようとしました。あくまでも徳川家に殉ずる覚悟だったのです。

側近が榎本の様子がおかしいことに気付いて部屋に駆け付け、まさに切腹しようとしていた榎本を涙ながらに押し留めたため、結果的に生き長らえる事になり、確かに二君に仕えました。だけどそれは、榎本が有能だったから必要とされただけのこと。在野でお気楽な立場だった福沢ごときに、榎本を批判する資格はないと思いますね。

②大鳥圭介

Otori

この人ものちに新政府に仕えて外交面で活躍した他、学習院の院長もやってました。ただ、戊辰戦争における彼の評価は物凄く低いです。なんせ負けっぱなしだったから。

でも、ロクに補給も続かない中、壊滅的な敗北をする前に撤退し、江戸から箱館まで転戦した指揮能力は、評価しなきゃいかんと思います。適塾出身で才子肌、実戦経験はほとんどないという状況で、良く頑張ったんじゃないですかね。

土方歳三と同格だったこともあって、何かと比較されて酷評されるんですが、土方は局地戦の勝敗を決する小隊長タイプであり、大鳥は大局の勝敗を決する司令官タイプなので、そもそも比較すること自体に無理があります。

旧幕府軍は、物量的に大局で勝てる要素はなかったけど、そのぶん気合いとか根性で局地戦に勝てる「意気込み」だけはありました。だから、局地戦では勝っても大局では負けることが多く、それが結果的に土方>大鳥という図式に当てはめられちゃうのよね。

でもそれはあまりにも単純でしょ。 得意分野というか、持ち味が違うんだから、同じ土俵で評価するのは難しいし、どっちが上だ下だって論議はナンセンスだと思いますね。大鳥だって立派な人ですよ。

③土方歳三

Hijikata

そして私の大好きな土方ですが、劣勢だった旧幕府軍の中で、彼の率いる隊だけは常に奮戦しました。ただこれは、新選組のイメージとか、土方自身のイメージが先行し過ぎて、良いとこばっかり語られてるという部分もあります。

宇都宮では、大鳥が体調不良で土方が指揮を執ったことがあるのですが、その際、司令官という立場にもかかわらず、自ら先頭に立って深入りして敵の伏兵に翻弄され、数でも兵器の質でも勝りながら、惨敗を喫してます。決して不敗ではありません。

また、箱館戦争の終盤、土方隊が二股口で奮戦し、他の隊は松前口と木古内口で惨敗したため、土方の指揮能力を称賛する声が多いんですが、松前口と木古内口は新政府艦隊の援護砲撃が相当シンドかったのに対し、二股口は内陸だからそういう心配もなく陸軍同士の勝負で済みましたからね。そもそも勝てる見込みが全く違うのよ。

なんかね、こういう部分をちゃんと語らずに、土方を贔屓するのはおかしな話です。私は土方ファンだからこそ、このあたりは厳粛に受け止めるべきだと思ってます。

まあ、そういったことを踏まえた上でもね、新選組副長として刀一本で渡り合ってた男が、ほんの僅かな間に近代戦に対応できたってのは、やっぱり只者じゃないと言えるでしょう。その喧嘩屋としてのセンスは大したもんだと思います。

Hakodateyakei

以上、歴史上の戦いシリーズ第三弾、箱館戦争でございました。
やっぱり、箱館戦争だけにしといて良かった…。
戊辰戦争全部を取り上げてたら、全30話ぐらいになってただろうね。

2007/03/13

箱館戦争・第五話

歴史上の戦いシリーズ第三弾、箱館戦争第五話です。
第一話は開戦までの経緯
第二話は箱館戦争の序盤
第三話は箱館戦争の中盤
第四話は箱館戦争の終盤
について述べました。今回は簡単なまとめです。

箱館戦争で一番重要な問題は、榎本武揚にどの程度の勝算があったのか、ということ。

結論から言いますと、勝算なんてもんは無かった筈です。だって、彼らが蝦夷地に渡った頃、それ以外の日本全国は新政府に恭順しつつあったんだから。

榎本とともに蝦夷地に渡った旧幕府軍は、約2500~3000人。その程度の兵力で、新政府に抵抗し続けるのは不可能だし、蝦夷地全てを掌握するのさえ到底無理な話です。

物資の面では、イギリスが薩摩に援助してた対抗上、フランスが幕府に援助してましたが、すでに幕府の借金はとんでもない額に膨れ上がってました。だから、フランスは旧幕府軍にもうあまり援助してくれず、榎本たちは好意的な商人たちから借り倒してその場をしのぐという台所事情でした。

こんな状況だから、旧幕府軍は、援軍の当てもなければ、補給の当てもない。仕方がないので、榎本は箱館で強引に徴税をし、市民に恨みを買って「ブヨ」と呼ばれたぐらいです。榎本武揚の武揚を音読みすると「ブヨウ」になる訳ですが、これと吸血昆虫の「ブヨ」を重ね合わせたあだ名です。人の血を啜るように、徴税で金を奪っていく榎本を批判した、なんとも厳しいあだ名ですね。

一説には、徳川慶喜が大坂から江戸に逃げ出した時、大坂城に残っていた金を榎本が横取りしたという話もありますが、それが事実だったとしても、どうせたかが知れた金額。それなりの大金だったら、箱館で徴税する必要もありません。だからね、徳川埋蔵金なんて、日本中のどこ探したって出てこないよ。本当にそんな大金があったら、榎本だけじゃなく、勝海舟小栗上野介あたりが有効に使ってた筈だし。

え~、話が横道に逸れかけてるので元に戻しますが、とにかく旧幕府軍は、どういう側面から見ても、新政府を打ち崩す可能性はありませんでした。百歩譲って、地方自治に近いレベルなら可能性はあるけど、それを新政府が許す筈はないし。

じゃあ、榎本は何を目指したのか。それは至極簡単。まさに地方自治です。新政府に対する反乱軍ではない、という立場にするには、それしか方法がないしね。で、新政府がそんなことを認める訳はないから、諸外国に認めさせようとしたんです。

英仏の領事に対して、榎本は自分達の政権を認めさせようとしましたが、彼らは最終的に中立の立場をとりました。そりゃあそうです。領事にそこまでの権限はないし、ここで何らかの言質を与えたら、それは内政干渉です。諸外国にしても、自分達が占領できるなら何でもやるけど、そうじゃないならそこまで係わり合いにならんでしょ。榎本もそんなことは分かってたんだろうけど、他に手段もなかったんでしょうね。

Hakodatesensou_1

榎本はね、ここぞって局面で、情に流されると言うか、侠気見せちゃうって言うか、そういう感じがあります。オランダに留学したりして、当時の幕閣では随一の開明派だったのに、最終的には幕府の残党を引き受けて、その総裁になった訳だし。

蝦夷地に行ってからの采配でも、情に流された部分が多いです。五稜郭入城に際し、土方歳三が率いた隊は特に戦功もなく、不満を持つ人が多かったため、次の松前攻略戦の主力として起用したり。
同じように、手柄を立てる働き場を熱望した海軍士官に応えて、大して必要もないのに開陽を江差まで派遣したり。しかも、それで沈没しちゃったからね。

非常事態なんだから、そのトップに立つのは非情な人間じゃないと無理です。だけどねえ、榎本以外に総裁たる人物もいないし、榎本だからこそ務まったという部分の方が大きいし、一言で言えばそれが運命だったということでしょう。

歴史を振り返ると、究極は運命なのよ。たらればを言っても仕方ない。当時の状況を鑑みたら、どこをどうひねくっても結局同じ結果になっただろうね、って思うことが多いし。なんかね、そういう運命的な出来事が多いのが、この箱館戦争だと思います。しょっちゅう暴風雨に遭って、その都度艦隊が弱体化したことなんかも含めてね。

以上、簡単なまとめでした。
次回は主要人物に触れたいと思います。
では、続きは第六話で。

2007/03/06

箱館戦争・第四話

歴史上の戦いシリーズ第三弾、箱館戦争第四話です。
第一話は開戦までの経緯
第二話は箱館戦争の序盤
第三話は箱館戦争の中盤
について述べましたので、今回はその続きです。

箱館戦争・終盤

④新政府軍上陸

明治2(1869)年3月25日、旧幕府軍の奇襲を退けた新政府艦隊は、青森へ移動。ここで陸軍と合流、4月8日に青森を出港し、9日に乙部から上陸を開始しました。

Hakodate3

陸軍はここから江差へ向け進軍、海軍は江差に戻って艦砲射撃を始めました。江差を守備していた松岡四郎次郎は、敵わぬと見て松前に退却し、新政府軍は難なく江差を占領してしまいます。

江差で新政府軍は隊を3つに分け、松前口木古内口二股口の三方から進軍を開始。11日、松前口では江差から退いた松岡隊や、松前の守備についていた遊撃隊らが、新政府軍を迎え撃ちます。当初は一進一退を繰り返しますが、兵員輸送を終えた新政府艦隊が参戦し、17日に松前は陥落。旧幕府軍は知内まで退却しました。

木古内口では途中大した障害もなく、新政府軍は笹小屋まで進出。12日、大鳥圭介率いる旧幕府軍と衝突し、こちらも一進一退となります。そこで新政府軍は兵力を増強。20日に奇襲をかけて旧幕府軍を札苅まで撤退させ、木古内を占領します。

しかし、これでは知内と札苅の旧幕府軍に挟み撃ちされる恐れがあったため、一旦笹小屋まで撤退。これを見て、知内と札苅の旧幕府軍は合流し、木古内を奪還。ところが、新政府艦隊が木古内に進出してきたため、防衛は困難と見て退却。22日にふたたび新政府軍が木古内を占領しました。

二股口では、土方歳三率いる旧幕府軍が孤軍奮闘していました。13日に進軍してきた新政府軍に対し、十数ヶ所の台場を作り、高所から銃撃する戦法で圧倒。これに懲りた新政府軍は、隊を分けて1隊に安野呂口を迂回させ、挟み撃ちする形をとります。 土方隊は奮戦しましたが、松前口、木古内口で旧幕府軍は撤退し、自らも挟み撃ちにされかねない状況に陥ります。これを憂慮した榎本武揚から29日に撤退命令が出され、土方は五稜郭に帰還しました。

⑤箱館総攻撃

この間、海上では新政府艦隊と旧幕府艦隊の戦いもありましたが、旧幕府艦隊は座礁したり、被弾によって航行不能となったりして、徐々に戦闘能力を失っていきます。

Hakodate4

各地で旧幕府軍を退けた新政府軍は、5月11日から箱館総攻撃を開始します。艦隊は箱館湾に侵入し、旧幕府軍の拠点や、辛うじて残っている旧幕府艦隊を攻撃。陸軍は大川七重から五稜郭を目指すとともに、別働隊が箱館山の背後から上陸しました。

旧幕府軍は各所で苦戦を強いられ、箱館市街は新政府に占領されます。この時、弁天台場にいた新選組らが孤立。五稜郭にいた土方はこれを聞いて出陣しますが、一本木付近で銃撃され、戦死しました。

翌12日、新政府軍は五稜郭への艦砲射撃を行うとともに、降伏勧告を開始。これを受けて15日に弁天台場の旧幕府軍が降伏、16日に千代ヶ岡台場の旧幕府軍は降伏を拒否して玉砕、17日に榎本は新政府への降伏を受け入れ、翌18日に五稜郭は開城しました。

以上が箱館戦争の全容です。
次回は簡単なまとめです。では、続きは第五話で。

2007/02/27

箱館戦争・第三話

歴史上の戦いシリーズ第三弾、箱館戦争第三話です。
第一話は開戦までの経緯
第二話は箱館戦争の序盤
について述べましたので、今回はその続きです。

箱館戦争・中盤

③宮古湾海戦

明治2(1869)年3月、最新鋭の甲鉄を旗艦とする新政府艦隊が浦賀を出発。本格的に旧幕府軍掃討に乗り出しました。旧幕府軍は頼みの綱の開陽を失っていたので、このままでは制海権を奪われるのは必定。

そこで、宮古湾に寄港するであろう甲鉄に対し、アメリカ船に偽装した艦隊で近付き、そこから戦闘員や船員が乗り移って襲撃し、可能であれば甲鉄そのものを奪っちまおうという、大胆と言えば聞こえは良いけど、破れかぶれに近い作戦を決行します。まあ、それぐらい追い詰められてたということです。

3月21日、回天蟠竜と、秋田藩から接収した高雄の3隻が箱館を出発。しかし22日夜、暴風雨に遭遇して3隻は離れ離れに。24日になって回天と高雄は合流しますが、蟠竜とは合流できず、結局2隻で作戦を決行する事になります。ところが翌日、宮古湾に向かったものの、機関を故障した高雄は速力が上がらず、最終的に回天1隻で襲撃することになってしまいました。

星条旗を掲げた回天は、甲鉄に近付くと旧幕府軍を示す日章旗を掲げ、攻撃態勢に入ります。当初の予定では甲鉄に横付けし、一斉に兵が乗り移って攻撃する筈だったんですが、回天は舵の調子が悪かったので、舳先が甲鉄の横腹と接触する形になってしまいました。これでは一斉に乗り移ることもできないし、回天の方が3メートルほど甲板が高いため、飛び降りるのを逡巡する兵も多く、早くも作戦は破綻をきたします。

Kaiten Koutetsu
回天(左)と甲鉄(右)

その間に甲鉄の方でも戦闘態勢を整えるし、異変に気付いた他の艦も援護に来るし、という感じで乱戦となり、回天艦長の甲賀源吾や新選組の野村利三郎らが戦死。ここに至り回天は退却を開始。宮古湾の入り口で高雄と合流しますが、高雄は速力が上がらず新政府艦隊に拿捕されてしまいます。回天はその後、蟠竜と合流して箱館に帰還しました。

結局、甲鉄に多少のダメージを与えたものの、その代償に高雄を失い、海軍のリーダー的存在だった甲賀も戦死させてしまうという、散々な結果となりました。

以上、箱館戦争の中盤でした。
では、続きは第四話で。

2007/02/19

箱館戦争・第二話

歴史上の戦いシリーズ第三弾、箱館戦争第二話です。
第一話は開戦までの経緯について述べましたので、今回はその続きです。

箱館戦争・序盤

①五稜郭入城

明治元(1868)年10月12日、仙台を出発した旧幕府軍は19日に鷲ノ木沖に到着。20日から蝦夷地への上陸を始めます。直接箱館に向かわず、裏手から回るようにしたのは、なるべく新政府側との衝突を避け、犠牲を少なくするためでした。

Hakodate1

当時箱館には、清水谷公考を総督とする新政府組織の箱館府がありました。榎本武揚はまず、「徳川家臣による移民開拓」の嘆願使節として、21日に人見勝太郎ら30人を箱館府へ向かわせます。まあ、すでに新政府に出していた嘆願書も受け入れられる見込みがなかったし、今回も受け入れられる筈はないため、形だけのことでしたけどね。

22日には大鳥圭介が伝習隊・遊撃隊・新選組らを率いて内陸部を、土方歳三が陸軍隊・額兵隊らを率いて海岸部の進軍を開始。23日、峠下で嘆願使節の人見らが、箱館府兵や津軽藩兵中心の新政府軍に夜襲を受けましたが、駆け付けた大鳥隊が合流してこれを撃破。ここから本格的に戦闘態勢となり、大鳥は隊を2つに分け、1隊は自らが率いて大野へ、もう1隊は人見が率いて七飯に向かいます。

24日、大野では大鳥隊がわりかし簡単に新政府軍を退けますが、七飯では数に勝る新政府軍に人見隊は苦戦。しかし、辺境地の新政府軍は実戦慣れしていない兵が多く、銃砲も劣っていたため、人見隊は徐々に押し返して何とか勝ちを収めます。

緒戦で敗退した清水谷は、自分達だけで戦うのは無謀と悟り、青森へ退却。これにより、大鳥らは26日に五稜郭へ無血入城しました。海岸部を進軍していた土方隊は、物見が川汲峠で銃撃を受けた程度でこれといった戦闘はなく、大鳥隊に少し遅れて五稜郭に到着。こうして蝦夷地の拠点を手に入れた訳です。

Goryoukaku

②蝦夷地制圧

五稜郭に居を定めた旧幕府軍は、新政府側の松前藩攻略を開始。まずは元松前藩士を使者として送り、降伏を勧告しますが、松前藩主松前徳広は使者を斬ってしまいます。これを受けて28日、土方率いる陸軍隊・額兵隊・彰義隊らが松前に向かい、海からは艦隊が援護に回りました。11月1日、土方隊は知内で松前藩兵の奇襲を受けますが、これを撃退。4日には松前付近まで進軍し、松前城攻めの態勢を整えます。

Hakodate2

5日、土方隊は松前城の攻略に向かいますが、援護に来ていた回天蟠竜が荒天のためあまり役に立たず、敵の砲撃にさらされて苦戦します。これを見た土方は裏手に回って城に侵入し、白兵戦に持ち込みました。これで松前藩兵が浮き足立ったところに、天候も回復して回天らが砲撃を開始し、旧幕府軍は松前城を落とします。

松前徳広は、この戦闘に先立つ10月28日、に築いた新城に難を避けていました。これを知った旧幕府軍は、松岡四郎次郎率いる一聯隊が11月10日に館へ進軍。13日から両軍は衝突し、15日に館城は陥落しましたが、松前徳広は12日に江差へ退却していました。

松前を落とした土方隊は江差へ進軍して15日に到着。その頃、松前徳広は熊石に逃げており、労せずして江差を手中にしました。午後になって援護の開陽も江差沖に来ましたが、ここで全く予期せぬアクシデントに見舞われてしまいます。

夜になり、激しい暴風雪によって開陽が浅瀬に座礁。自力での脱出が不可能となり、救助のため回天と神速が江差に来ましたが、神速も座礁。結局、開陽、神速ともに沈没し、自慢の海軍力は大幅にダウンしてしまいました。

Kaiyou Kaiyou2
当時の開陽(左)と復元された開陽(右)

その後、19日に松前徳広は青森へ退却し、残された松前藩兵は20日に降伏。旧幕府軍は箱館に凱旋すると、12月15日、選挙によって閣僚を選出し、日本で初めて共和政の政権を樹立しました。この政権は一般に「蝦夷共和国」と言われていますが、本人たちは1度もそう名乗ったことはなく、諸外国や新政府による呼び方もまちまちなので、ここでは旧幕府軍という言葉で通します。

一応、軍事政権と呼べるものを樹立した訳ですが、その象徴的存在であった開陽を失ってしまうという幸先の悪いスタート。対する新政府軍は、幕府がアメリカに注文していた最新鋭艦甲鉄を、明治2(1869)年1月に手に入れ、海軍力は逆転。雪解けとともに訪れるであろう新政府軍の大攻勢を前に、お先真っ暗という状況に陥ります。

以上、箱館戦争の序盤でした。
では、続きは第三話で。

2007/02/14

箱館戦争・第一話

歴史上の戦いシリーズ第三弾。
今回取り上げるのは、戊辰戦争最後の戦い、箱館戦争です。

このシリーズ、第一弾は川中島の戦い、第二弾は大坂の陣だった訳ですが、それは私が上杉謙信真田幸村を好きだからです。
ってことで第三弾は土方歳三でして、最初は戊辰戦争全体を書く意気込みもあったんですが、膨大な量になって途中で飽きてしまいそうなので、箱館戦争だけにします。
で、現在は「函館」と表記しますが、当時は「箱館」だったので、ここでは「箱館」という表記で統一します。

Hakodate

それでは、この戦いに至る経緯に触れておきましょう。
慶応2(1866)年、薩長同盟の成立、14代将軍徳川家茂死去、孝明天皇崩御と、江戸幕府は立て続けに追い詰められていきました。そんな中、薩長は一気に幕府を叩き潰すため、岩倉具視らを動かして、朝廷から討幕の密勅を得ようとします。

この動きを知った最後の将軍徳川慶喜は、慶応3(1867)年10月14日、大政奉還を上奏。自ら政権を返上することで薩長の矛先を交わし、慶喜自身を含めた合議制を画策します。
ちなみに、この策を慶喜に進言したのは土佐の前藩主山内容堂ですが、元々は坂本龍馬の船中八策というもので、それを後藤象二郎が改良したものです。

翌15日、大政奉還が許可されましたが、実は14日に薩長へ討幕の密勅も下されていました。その後21日になって討幕延期の沙汰書が薩長に出され、この状況を打開するため、12月9日、岩倉や大久保利通を中心に王政復古のクーデターが起きました。

これにより慶喜は官位と領地の返上を命じられ、京都守護職、京都所司代も廃止されました。当時大坂城にいた慶喜はこれに抗議するため、会津、桑名藩兵や新選組などを含む旧幕府軍を京都へ進軍させますが、これを阻もうとする薩長中心の新政府軍と慶応4(1868)年1月3日に衝突。戊辰戦争の緒戦、鳥羽伏見の戦いが始まります。

この戦いで旧幕府軍約15000は、薩長を中心とする新政府軍約5000に惨敗。数で勝りながら、銃砲など兵備の質で大きく劣ってましたし、官軍の象徴である錦旗を新政府軍が掲げていたため士気も低下、さらには淀藩など味方の寝返りも後を絶たなかったですからね。この結果に意気消沈した慶喜は、配下を戦線に残したまま江戸へ逃亡。上野寛永寺に謹慎して、新政府に恭順の意を表します。

慶喜の変心に不満を持つ旧幕府勢は、各地で新政府軍に抵抗しました。上野戦争北越戦争会津戦争などがありましたが、いずれも兵備や補給などが圧倒的に不利な状況で、旧幕府勢は駆逐されていきます。

そんな中、半独立的な立場にいたのが榎本武揚率いる旧幕府海軍。当時最新鋭にして最大級の開陽を中心とした艦隊は、薩長中心の新政府海軍を圧倒しており、旧幕府勢最後の切り札という感じでした。

しかし4月11日、江戸城が新政府に引き渡しとなったことを受け、新政府は江戸に停泊していた旧幕府艦隊の引き渡しを榎本に要求。勝海舟らも説得に当たりますが、榎本はこれを受け入れようとしませんでした。
榎本は、徳川家臣がまともに生活できる状況が確立されない限り、艦船の引き渡しには応じない、という姿勢を貫きます。新政府は5月、徳川家を駿河70万石に改易しますが、元の400万石の2割弱に過ぎず、全ての家臣がまともに生活するのは無理。

そこで榎本は、当時未開の地が多かった蝦夷地(北海道)に、徳川家臣団を移民、開拓させたいという嘆願書を6月に提出しました。そして8月19日、開陽を旗艦に、回天蟠竜千代田長鯨神速美加保咸臨の8隻を率いて江戸を脱出。旧幕府勢の東北諸藩連合である、奥羽越列藩同盟との合流を目指し、仙台へ向かいました。

その途中、艦隊は鹿島灘で台風に遭遇し、美加保、咸臨を失います。これ以降、事あるごとに暴風雨に悩まされるんですが、現在のように天気予報があれば、また違った結果になってたかも知れません。
ちなみに咸臨ってのは、日本で初めて太平洋を横断したあの咸臨丸のことですが、台風によって下田まで流され、修理のため清水にいたところ、新政府艦隊の攻撃を受けて惨敗。死者は港に浮かんだまま放置されましたが、それを清水次郎長がひそかに回収して葬ってくれたそうな。

残った6隻は、マストが折れたり機関が故障したりしながら、何とか仙台に到着。しかし9月4日、列藩同盟の盟主上杉斉憲の米沢藩が新政府に降伏。10日にもう1人の盟主伊達慶邦の仙台藩が降伏、22日には会津が陥落し、列藩同盟は瓦解しました。

ここに至り、榎本は蝦夷地への進軍を決定。大鳥圭介の伝習隊、土方歳三の新選組、人見勝太郎の遊撃隊、星恂太郎の額兵隊などが合流し、旧幕府の大江鳳凰を加えて8隻となった艦隊は、10月12日に蝦夷地へ向かいました。

こうして、戊辰戦争最後の戦い、箱館戦争が始まります。
では、続きは第二話で。

私の出資馬
現役勝ち上がり馬

  •  グレンツェント
     【牡4歳・12戦6勝】
     父:ネオユニヴァース
     母:ボシンシェ
      13011170122s
    5月20日の平安S(GⅢ)は10着。今回も58kgの斤量が影響したのか、良いところなく惨敗しました。現在は北海道の牧場にいます。
     
  •  ブライトエンブレム
     【牡5歳・10戦2勝】
     父:ネオユニヴァース
     母:ブラックエンブレム A_2012005_2
    16年5月8日の東京・ブリリアントS(OP)で7着となった後、しばらくして屈腱炎が判明したため休養しており、現在は北海道の牧場にいます。
     
  •  フェイマスエンド
     【牡6歳・24戦5勝】
     父:シルクフェイマス
     母:シルキーウィズ 11062150321
    16年12月10日のチャレンジC(GⅢ)で13着となり、その後は放牧に出てましたが、現在はトレセンに戻って調整中。7月9日の福島・七夕賞(GⅢ)か、7月23日の福島・福島テレビオープンに出走予定。
     
  •  ストロングタイタン
     【牡4歳・9戦4勝】
     父:Regal Ransom
     母:Titan Queen 13051160903
    2月19日の小倉・小倉大賞典(GⅢ)は5着。その後は放牧に出てましたが、現在はトレセンに戻って調整中。7月15日の中京11レースに出走予定。
     
  •  モルジアナ
     【牝5歳・14戦4勝】
     父:Dubawi
     母:サマーハ 12024160326s
    6月25日のレースは9着。思いのほか前からの競馬になり、直線伸びずに負けちゃいました。
     
  •  ローズウィスパー
     【牝4歳・18戦3勝】
     父:ワークフォース
     母:ローザミスティカ
      13061170326
    6月11日のマーメイドS(GⅢ)は11着。捲り気味に3コーナーから動いていったんですが、直線なかばで力尽きました。現在は滋賀県の牧場にいます。
     
  •  デジタルフラッシュ
     【牡6歳・27戦2勝】
     父:アグネスデジタル
     母:マチカネベニツバキ 11031160904500
    5月27日のレースは11着。特にこれといった見せ場もなく、後方からチラッと差を詰めただけでした。現在は福島県の牧場にいます。
     
  •  アグレアーブル
     【牝4歳・5戦2勝】
     父:マンハッタンカフェ
     母:プリティカリーナ 13014160703500
    16年7月3日のレースで2勝目を獲得しましたが、その後は脚元に不安が出て休養に入っており、現在は北海道の牧場にいます。
     
  •  オリエンタルダンス
     【牝5歳・20戦2勝】
     父:キングカメハメハ
     母:ダンスノワール 12027160326500
    4月15日のレースは3着。その後は放牧を挟んで新潟で出走予定でしたが、状態がイマイチで再調整することになりました。現在は滋賀県の牧場にいます。
     
  •  ネームユアポイズン
     【牡3歳・3戦1勝】
     父:ハーツクライ
     母:リップスポイズン
      14005170325
    5月13日のレースは4着。終いジワジワと差は詰めましたが、上位争いには加われませんでした。現在は福島県の牧場にいます。
     
  •  イストワールファム
     【牝3歳・4戦1勝】
     父:ローエングリン
     母:ヒストリックレディ
      14030160128
    5月20日のレースは4着。スローでわりかし前が残る展開だったこともあって、伸び切れませんでした。現在は福島県の牧場にいます。
     
  •  ブルーヘヴン
     【牝3歳・5戦1勝】
     父:パイロ
     母:ローズカーニバル
      Blueheaven1
    5月7日のレースはビリッケツ。初めての芝で少しは違うとこを見せてくれるかと思ったんだけどねえ。現在は茨城県の牧場にいます。
     
  •  シンシアズブレス
     【牝4歳・12戦1勝】
     父:ダイワメジャー
     母:クラウンピース
      13037160305_3
    5月28日のレースは7着。ここ最近の中ではまずまずの結果でしたが、相変わらず気の悪さが解消されませんな。7月1日の中京9レースか、7月9日の中京12レースに出走予定。
     

私の出資馬
現役未勝利馬

  •  キンナリー
     【牝3歳・2戦0勝】
     父:ディープブリランテ
     母:カラヴィンカ
     
  •  フィールザフォース
     【牡3歳・1戦0勝】
     父:ワークフォース
     母:シャンパンマリー
     
  •  ブライトクォーツ
     【牡3歳・9戦0勝】
     父:ワークフォース
     母:レースドール
     
  •  ストーミーワンダー
     【牡3歳・1戦0勝】
     父:ストーミングホーム
     母:ラッシュウインド
     
  •  アーモンドアイ
     【牝2歳・未出走】
     父:ロードカナロア
     母:フサイチパンドラ
     
  •  ブラストワンピース
     【牡2歳・未出走】
     父:ハービンジャー
     母:ツルマルワンピース
     
  •  オルボンディール
     【牝2歳・未出走】
     父:ステイゴールド
     母:サダムグランジュテ
     
  •  キープシークレット
     【牝2歳・未出走】
     父:ダイワメジャー
     母:ウーマンシークレット
     
  •  ベルフロレゾン
     【牝2歳・未出走】
     父:クロフネ
     母:ウインフロレゾン
     
  •  カポラヴォーロ
     【牡2歳・未出走】
     父:Munnings
     母:My Anguilla
     
  •  アストロローグ
     【牡2歳・未出走】
     父:シニスターミニスター
     母:フォチュネイター
     

私の出資馬
すでに引退した馬