川中島の戦い・第十話
歴史上の戦いシリーズ第一弾、川中島の戦い第十話、いよいよ最終話です。
第一話は戦いへ至った経緯
第二話は布施の戦いと犀川の戦い
第三話は上野原の戦い
第四話は八幡原の戦いに至る経緯
第五話は八幡原の戦いの詳細
第六話は塩崎の戦い
第七話は謙信vs信玄一騎討ちについての考察
第八話は啄木鳥の戦法についての考察
第九話は山本勘助についての考察
に触れましたので、今回は最後の考察です。
結局、川中島の戦いの勝者はどちらなのか?
結論から言いますと、間違いなく武田信玄が勝者です。上杉謙信が好きな私としては忸怩たる思いですが、客観的に見るとこうなりますんで。
都合12年にわたる5回の戦いがあった訳ですが、それによって勢力範囲を多く獲得したのは信玄です。もちろん、北信地方を全て手にした訳ではありません。この城は上杉側、あの城は武田側、といった感じで、綺麗に境界線を引ける状況でもありませんしね。
もともとこの北信地方は、上杉の領地でもなければ、武田の領地でもありませんでした。村上義清などの小豪族が割拠していた地域です。それが両雄の対立という状況になったことから、小豪族たちも旗幟を鮮明にしなければなりませんでした。義清を始め小豪族のほとんどは、当初上杉側につきましたが、信玄の謀略の成果によって武田側につく豪族も少なくありませんでした。
で、5回の戦いが終わり、この地域にたくさんあった城のうち、武田側になった城と上杉側になった城をカウントしてみると、武田側の方が圧倒的に多く、結局勢力範囲が広いのは武田なのです。戦争というのは、その場の戦闘だけが勝ち負けの基準ではありません。最終的にどれだけ勢力範囲を広げたか、というのが一番のポイント。そういう観点で言うと、信玄の勝ちと断ぜざるを得ないのです。
ただし、信玄の目的が領地拡大であったのに対し、謙信は援助を求められたから出兵しただけで、領地拡大が目的ではありませんでした。この観点で考えると、信玄は北信地方全てを手に入れたかったのに、そこまではいかなかった。謙信は義理だけ果たせば良いので、まあおおむね目的は達したということになります。
しかしこれは曲解であってね、やはりどれだけ勢力範囲を広げるか、というのが戦国大名にとって一番重要な課題です。上記のような曲解をもってして、両者痛み分けと断じる学者たちは間違っていると思います。
八幡原の戦いに関しても、前半は謙信の勝ちで後半は信玄の勝ち、なんて中途半端な事を言う人が多いんですが、やはり信玄の勝ちと見るのが正しいでしょう。八幡原の戦いで、最終的に敗走したのは上杉軍ですし、勢力範囲を広げたのは武田軍なんだから。
このような訳で、川中島の戦いの勝者は間違いなく信玄です。ただし、僅かな領地を得るために費やした時間、労力といったことを考えると、決して有意義なことではありませんでした。両雄がこんな片田舎で決戦せずに、お互い上手いこと付き合ってれば、信長・秀吉・家康に天下を牛耳られることもなかったかも知れません。まあでも、謙信と信玄の二人で仲良く天下を治める、というのは無理だったでしょうけどね。考え方がまるっきり違うから。
え~、長いこと書き続けてきましたが、これをもちまして歴史上の戦いシリーズ第一弾川中島の戦いは終了です。
はあ…、マジで疲れた…。
第二弾はもっと簡潔にまとめたいと思います。
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