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2008/12/30

年末のごあいさつ

中央競馬の開催最終日が28日だったもんだから、ようやく先ほど年内の仕事がひと段落しました。しかし、年明けは4日から競馬が始まりまして、2日の昼前には出走メンバーが決まるもんだから、2日の昼から年明け1発目の仕事の準備をしなきゃいけません。ってことは、純粋に休めるのは大晦日と元日だけ。なかなか厳しいね。

ひと昔前のJRAはね、年明けは変則開催にして、2週間で3週間分のレースを組んで、そのぶん年末1週間を空けてくれてたんです。だから、競馬関係者といえども、辛うじて1週間弱ぐらいはゆっくりできたんです。

もちろん、同じ競馬関係者であっても、実際に馬の世話をしてる調教師さんや厩務員さんや牧場のスタッフさんたちは、競馬の開催があろうがなかろうが、なかなかまとまったお休みは取れません。でも私は在宅勤務のライターだから、そういう方々がどんだけ大変でも所詮は他人事だし、年末年始ぐらいはゆっくりしたい、ってのが本音。

なんでこんな日程になったのか。それは至極簡単な理屈。馬券の売り上げが落ちてるから。1週間休むよりは、毎週毎週休みなく競馬をやった方が、売り上げも上がるだろう。有馬記念も、給料日後にやった方が売り上げが上がるだろう。そういうこと。

だけど、その程度で売り上げは上がらんだろ。オグリブームとかそれ以後のアホみたいに売り上げがあった時が異常だっただけでさ、今後ああいうレベルまで売り上げが上がることはないよ。競馬以外にもギャンブルはあるし、株だファンドだ外貨だ何だって感じで、ひと儲けしたいっていう欲望を満たす手段もいろいろと増えたからね。

で、来年の競馬開催最終日は27日でして、おそらく来年の年末年始もあんまりゆっくりできないことでしょう。まあ、JRAに文句言っても仕方ないし、JRAが潰れちゃったら私の仕事もなくなるし、最近は派遣切りだのネットカフェ難民だの、そういう話題が多い中で、わりかしのんべんたらりとお仕事させてもらってるんでね、あんまりグチグチ言ってちゃいけませんな。

でもね、中山大障害を外し、有馬記念は3着の複勝を取っただけ、東京大賞典は2-3着が裏目で外し、このままじゃスッキリ年越せねえってことで、競輪グランプリにも手を出して惨敗してりゃ、グチの一つも言いたくなるんですよ。まあ、このブログは基本的に私の不満のはけ口なんでね、来年もこんな感じでグチが中心になるでしょう。

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2008/12/28

競馬の結果

私の出資馬

シルクマニューバー14着
No9まずまずのスタートから、気合いをつけて5番手あたりを追走。3コーナー手前ぐらいから手応えが怪しくなり、そのまま馬群に沈んで14着でした。
前走に比べると行きっぷりは良くなりましたが、3コーナーでもう終わってたからね。バテたのか、馬が走るのをやめたのか、見ただけでは分からんけど、いずれにしても話にならない競馬。使い倒してどこまでって感じだけど、タイムオーバーだからこのまま放置になる可能性も高いし、なかなか厳しいですな。

シルクエンデバー10着
No9今回も出遅れ気味で、後方2番手を追走。向正面に入ったあたりから進出し、4コーナーでは好位集団に取り付きましたが、直線では脚が上がって10着でした。
前回と同じような競馬でしたが、変に色気を持って早めに動いちゃったから、終いピリッとしませんでしたな。それに、前走で体重が26kg増えてたのに、今回もまた増えてて、その影響もあったかも知れません。単純な比較になるけど、前走より走破時計が1.8秒も遅かったし、仕上がりも流れも良くなかったんでしょう。

    Line1b

中山大障害

キングジョイが勝ち、メルシーエイタイムが2着、テイエムトッパズレが3着だったので、ハズレ。
マルカラスカルが逆回りで逸走するという、全く想像できないアクシデントには驚きましたねえ。他の馬より余計に走ったし、あそこから明らかに飛越のリズムも悪かったですな。あのロスがなければ、ゴール前は人気3頭の壮絶な叩き合いになってたと思うし、何とも残念なレースになってしまいました。
でもね、キングジョイとメルシーのワンツーってことは、このレースは4年連続でこの世代によるワンツーで、メルシーは4年連続の連対。やらかしちゃったマルカも含めて、6歳勢は大したもんだよ。

ラジオNIKKEI杯2歳S

ロジユニヴァースが勝ち、リーチザクラウンが2着、トゥリオンファーレが3着だったので、ハズレ。
う~ん…、気持ち良く行き過ぎましたかねえ。直線はもうバタバタだったもんなあ。ヤネが病み上がりで1日1鞍しか乗ってなくて、持っていかれ気味だっただけに、その影響もあったと思うんだけどね。あとは、先週の姉クラウンプリンセスと同じで、距離が微妙に長かったのかな。でもそうすっと、クラシックでは期待できなくなっちゃうんだよね…。
勝ったロジユニヴァースはこれで3戦無敗。こっちこそ、距離は短い方が良いと思うんだけどねえ…。まあでも、2番手でぴったりマークして、後ろの馬が動いても慌てず待ってて、直線で満を持して伸びてきた競馬センスは見事ですな。

有馬記念

ダイワスカーレットが勝ち、アドマイヤモナークが2着、エアシェイディが3着だったので、ここでの予想はハズレたんですが、エアシェイディの単複を買い足してたので、複勝だけ的中。
いやはやほんとに強い馬ですな。マイペースで逃げ切って、後ろの馬は差を縮めるどころか、最後は離された感じだもんね。結局、ダイワをマークして好位にいた連中は総崩れで、末脚に賭けた馬たちが2着以下に来たんだし、改めて強さを思い知らされた感じ。これで、この秋の古馬G1は、JCとJCダート以外は全て牝馬が勝った訳ですか。来年はもうちょい牡馬に頑張ってもらいたいですな。
私の本命カワカミプリンセスは7着。最内枠を引いたから、開き直って行くかなと思ったんですが、さすがにダイワのハナは叩けませんでしたな。でも、4コーナーでもう一杯かなってとこから、地味に盛り返してたし、良く頑張ったと思います。

    Line1o

これで今年の競馬も終わりましたが、私の馬券の成績は惨憺たるものでした。夏場あたりまでは、ちょいちょい単勝万馬券が当たって、そこそこの成績だったんですけどね、秋になってからはずっとドン底で、這い上がれませんでしたよ。

出資馬の成績も、3歳未勝利を2勝しただけだし、シルクフェイマスも3回しか走らなかったし、2歳は軒並みボロ負けだし、先々の見通しも暗いですな。

強いて希望の光を挙げれば、POGで指名した馬たちはなかなか好調でね、期待のリーチザクラウンは2着に負けちゃったけど、タイガーストーントーセンジョーダンがOPを勝ってくれました。出資馬たちが不甲斐ないぶん、こっちで楽しみましょうかね。

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2008/12/26

週末の競馬

私の出資馬

シルクマニューバー(牡2歳・1戦0勝)
 12/28(日)阪神3R・2歳未勝利(ダ1800m)鮫島騎手
Silkmaneuver0811
デビュー戦は16着。マジメに走れば結果も違ったと思うけど、そういう部分は急に良くなるもんでもないしね。ダートとブリンカーでどう変われるかだな。

シルクエンデバー(牡3歳・8戦1勝)
 12/28(日)中京7R・古馬500万(ダ2300m)田中博康騎手
Silkendeavor080719
約5ヶ月ぶりの前走は4着。今回も同じ条件だし、休み明けを叩いた上積みもあると思うんで、前走以上を期待したいところですな。頑張っておくれ。

Linejump

ようやく今年の競馬も終わりでして、重賞は以下の通り。
12/27(土)中山10R中山大障害(JG1・芝4100m)
12/27(土)阪神11RラジオNIKKEI杯2歳ステークス(Jpn3・芝2000m)
12/28(日)中山10R有馬記念(G1・芝2500m)

中山大障害

人気だとは思いますが、マルカラスカルメルシーエイタイムで良いでしょ。他の馬とはこれまでの実績が違うし、大障害コースも走り慣れてるからね。ここは男らしく1点勝負と行きましょう。
馬券としては、馬連2-13。

ラジオNIKKEI杯2歳S

こちらも人気だとは思いますが、本命はリーチザクラウン。先週チラッと触れましたが、血統的に好みで、POGでも指名してるんでね。前走を見てるとまだ幼くて危なっかしい感じもありますが、ここは器の違いを見せてほしいですな。
相手には、ファミリズム、ロジユニヴァース、イグゼキュティヴ。
馬券としては、馬単3→7、6、5。

有馬記念

ここも血統的な好みを優先しまして、カワカミプリンセスから行きましょうか。最内枠はどうかと思いますが、開き直って思い切った乗り方してくれたら、それはそれで面白いことになるんじゃないかね。
相手には、マツリダゴッホ、ダイワスカーレット、メイショウサムソン、スクリーンヒーロー、アルナスライン、エアシェイディ。
馬券としては、ワイド1-10、13、9、8、7、6。

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2008/12/23

上杉謙信・上杉景勝・直江兼続 第五話

慶長3年(1598年)に豊臣秀吉が死去、翌年には五大老の1人である前田利家も死去し、五大老筆頭である徳川家康が天下獲りに乗り出しました。

石田三成を失脚させたことで、家康は政務のほとんど独占するようになり、三成は挙兵を決意。それと知った家康は、隙を見せて三成に事を起こさせるため、まずは利家の息子前田利長に謀反の疑いをかけ、自ら討伐に出向こうとしました。

しかし、前田家は利家の嫁まつを人質として家康に差し出して恭順。そこで家康は上杉家をターゲットにします。この頃、上杉景勝直江兼続は領国の会津に戻っており、家康と対抗することも考慮しつつ秘かに軍備を整えていました。これが豊臣政権に対する叛意のあらわれだとして、家康は詰問状を送ります。これに対し、上杉側から回答された文書が、兼続が書いたと言われている「直江状」です。その内容に関しては、かつてここで兼続のことを書いた時に触れてますので、こちらをご参照のこと。

で、家康は約10万(諸説あり)の兵力で上杉討伐に向かうんですが、これはあくまでも三成に挙兵させるため京阪を手薄にするフェイント。家康は強敵上杉家とマトモに戦う気はなく、三成が挙兵したらとっとと反転して、三成を討つつもりでした。

では上杉家はどう考えていたのか。これが難しい。一般的には、兼続と三成の間で密約があって、東西から家康を挟撃しようという作戦があった、という説が有力ですけどね、会津と近江で挙兵して挟撃って、あまりにも雑な作戦で、現実味に乏しい。

こんだけ離れてて、今みたいな通信状況も整ってない中で、共同作戦なんて厳しいよ。それに、東西から侵攻して家康を挟撃にするにしては、上杉軍の総兵力が4万弱ぐらいじゃ少ないでしょ。そもそも、背後に伊達政宗最上義光と稀代の謀将が2人もいて、上杉軍はそれを無視して西進するのは難しいんだから、何を置いても真っ先にこの2人を味方につけるべきなのに、そういう交渉をした感じもない。

それやこれやを考慮して、私は兼続と三成の密約説には否定的です。上杉家は基本的に単独で家康との決戦を覚悟してたんだと思うし、秘かに手を組んでたと言われる佐竹義宣の戦力も、遊軍程度にしか考えてなかったんだと思ってます。

で、実際には東軍先鋒が宇都宮付近まで進出、上杉軍は伊達・最上に対して抑えの軍を残し、白河付近まで進出。鬼怒川を挟んでどちらか側が戦場になるという感じでしたが、このタイミングで三成が挙兵。家康は小山で軍議を開き、息子結城秀康らを上杉対策に残して、あとは反転して三成討伐の準備を始めました。

この際、反転した東軍を追撃するよう兼続が進言したのに、景勝は受け入れなかった、と言われてるんですが、これも密約説から派生した話のようで、兼続がそんな進言するとは思えない。前述の通り、伊達・最上が背後にいる以上、上杉軍は全力での追撃は無理。家康も一気に関ヶ原まで行くつもりはなく、福島正則黒田長政らを先に行かせて徳川軍本隊は江戸に待機する予定で、もし上杉軍が追撃して秀康隊を蹴散らしたとしても迎撃する態勢はとれた。この状況で追撃したって戦果は上がらんよ。

結局上杉軍は追撃せず、反転して伊達・最上に狙いを変えましたが、政宗はその場しのぎの和睦を申し出たため、最上攻略に向かいます。兼続は約3万の軍を率いて進撃し、いくつかの城を落としたものの、最上軍の抵抗も激しく、戦いは膠着状態に。

そんな中、西軍が関ヶ原で負けたという情報が届き、兼続は撤退することになります。撤退するとなった途端、最上軍だけでなく、政宗が和睦を破って伊達軍も追撃に参加したため、上杉軍はかなりしんどい状況に陥りました。しかし、前田慶次などの奮戦もあって、のちに家康から褒められたほど、兼続は見事な采配をしたそうです。

戦後、上杉家は会津120万石から米沢30万石に減封されます。上杉家は家臣を減らさない方針をとったため、財政は逼迫。そこで兼続は、倹約を旨として、殖産興業、インフラの整備などに力を入れ、農業のテキスト「四季農戒書」を著すなどして、財政の立て直しを図りました。ちなみに、のちに米沢藩主となって藩財政を立て直した上杉鷹山は、兼続の施策を大いに参考にしたそうな。

徳川政権下では、謙信以来の武門の家という評価は高く、慶長19(1614)年の大坂冬の陣では今福鴫野の戦いで活躍、翌年の夏の陣では京都の警備を担当しました。大坂の陣に関しては、かつてここで書いてますので、詳しくはこちらをご参照のこと。

その後、兼続は元和5(1619)年に、景勝は元和9(1623)年に死去。跡継ぎがなく直江家は断絶しましたが、上杉家は紆余曲折がありつつ脈々と続いています。

これで一通り、年表をなぞることはできましたかね。あとは人物像を書こうかとも思ったんですが、そのあたりは大河ドラマにお任せしましょう。私の意にそぐわないようだったら、その都度ここで突っ込むことにしたいと思います。

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2008/12/21

競馬の結果

愛知杯

セラフィックロンプが勝ち、チェレブリタが2着、マイネレーツェルが3着だったので、ハズレ。
それほど速いペースでもなかったと思いますが、人気サイドが3~4コーナー中間あたりから動き始めて、直線でちょっと鈍ったところを、人気薄が一気に差し切りましたな。上位2頭は前走が福島の1000万の牝馬限定戦だったんでね、全くもってノーマークでしたよ。
私の本命クラウンプリンセスは10着。4コーナーでもう手応えに余裕がない感じだったし、この距離は微妙に長いのかもね。

朝日杯FS

セイウンワンダーが勝ち、フィフスペトルが2着、ブレイクランアウトが3着だったので、ハズレ。
やや速めのペースでしたが、まあ予想の範囲内って程度でしたかね。私が買ってたホッコータキオンが直線で先頭に立ったんですが、中団待機の馬たちが襲いかかってきて、内を捌いたセイウンに分があった感じ。新潟2歳Sの勝ち馬って、その後あんまり伸びないことが多いから、思いっ切りノーマークにしちゃいましたよ。
で、私が買ったホッコータキオンは外枠から先行した影響もあったか、終い粘り切れず4着。もう一方のシェーンヴァルトは、中団からイマイチ伸びず7着でした。

阪神C

マルカフェニックスが勝ち、ファリダットが2着、リザーブカードが3着だったので、ハズレ。
確たる逃げ馬もいなかったから、このクラスとしてはペースが落ち着きましたかね。その分、前にいた馬たちに分があったようで、いつもより早めの競馬をしたマルカが重賞初制覇。人気のファリダットも頑張りましたが、今日の流れでは厳しいね。
私が買った馬たちは、みんな馬群の後方で良いとこがなかったですな。

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2008/12/19

週末の競馬

今週の重賞は以下の通り。
12/20(土)中京11R愛知杯(G3・芝2000m)
12/21(日)中山11R朝日杯フューチュリティステークス(Jpn1・芝1600m)
12/21(日)阪神11R阪神カップ(Jpn2・芝1400m)

愛知杯

本命はクラウンプリンセス。血統的に好きなんで、2歳の頃から出てくるたびに買ってたんですが、ようやくオープンに戻ってきましたな。全弟のリーチザクラウンもPOGで指名してまして、こちらは来週の重賞で人気になるでしょうし、今週と来週で姉弟重賞制覇を決めてもらいたいですね。
相手には、レインダンス、ニシノマナムスメ、マイネレーツェル、キャッチータイトル、テイエムプリキュア、スペシャルフロート。
馬券としては、ワイド18-2、1、17、12、5、13。

朝日杯FS

2歳戦で難しいんですが、前哨戦の中ではデイリー杯が1番レベルが高かったと思うんでね、シェーンヴァルトホッコータキオンからの3連複にしときましょう。
相手には、フィフスペトル、ブレイクランアウト、ミッキーパンプキン、ゲットフルマークス、ピースピース、ケンブリッジエル。
馬券としては、3連複2-15-11、5、1、12、13、16。

阪神C

G1では足りない二線級が揃った感じで、なかなか難しいですな。例によって単複で遊ぶことにしまして、シンボリグランペールギュントリキアイタイカンを買っときます。
馬券としては、単勝10、17、5、複勝10、17、5。

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2008/12/16

上杉謙信・上杉景勝・直江兼続 第四話

天正8(1580)年、御館の乱に勝利し、名実ともに上杉謙信の跡継ぎとなった上杉景勝ですが、課題は山積みでした。

2年に及ぶ内乱の中で、能登や越中は柴田勝家率いる織田軍に侵食され、会津の蘆名盛氏も国境付近を侵略し、武田勝頼との同盟の代償として上野の領地の一部を献上。関東攻略の現場監督的な存在だった北条(きたじょう)高広上杉景虎側についた影響もあって、関東は北条氏政の支配が強くなり、領土という意味では、越後一国に押し込められる形となってしまいました。

そして当然のことながら、内乱によって上杉家の戦力は大幅に減少。さらに、戦後の論功行賞で不満が続出。前回触れたように、新発田重家の不満を抑え切れないことに責任を感じた安田顕元が自害し、重家が織田信長の誘いを受けて謀反、直江信綱が恩賞争いに巻き込まれて殺害される。まさに内憂外患といった感じで、新生上杉家はどん底からのスタートだった訳です。

そんな中で頭角を現し始めたのが、直江兼続です。直江家を相続し、上杉家の執政という立場になったことで、景勝も兼続を重用します。若手が突然重用されたことに対しては批判も大きく、景勝と同じく謙信の養子だった上条政繁が出奔してしまうなど、新体制は決してスムーズに進んだ訳ではありませんが、兼続は地道に功を重ねて信頼を集めるようになりました。

上杉家に転機が訪れたのは、天正10(1582)年。同盟相手の武田家が織田・徳川連合軍によって滅ぼされ、そのまま織田家が武田家の旧領を支配したため、関東からは滝川一益、信濃からは森長可、そして越中からは柴田勝家と、三方から織田家の圧迫を受けるという、危機的状況に追い込まれます。ところがどっこい、その約3ヶ月後、信長が本能寺の変で死亡。滝川・森は逃げるように旧領へ帰還し、勝家も抑えの軍を残す程度で攻勢を一気に弱めたため、突然周囲が空き地のような状況になります。

しかし、そこで領土拡大ができるような余力は上杉家にはなく、徳川や北条が火事場泥棒をするのを、多少牽制する程度のことしかできませんでした。でもまあこれが、「上杉家は謙信以来、義に篤い」という評価につながる部分もあり、のちの天下人豊臣秀吉に厚遇される一因ともなりました。

その秀吉との交流は、秀吉が勝家と覇権争いをした賤ヶ岳の戦いの前に始まります。天正11(1583)年、秀吉は上杉家に勝家の背後を突くよう依頼、景勝はこれを受け入れたものの、重家の謀反への対処や、信濃に侵攻してきた北条への対処などに忙殺され、結局は秀吉の依頼に応えることはできませんでした。しかし、天正12年(1584年)の小牧長久手の戦いでは、越中の佐々成政に圧力をかけて秀吉の期待に応え、秀吉の信頼を得ていきます。

豊臣政権下において、景勝は五大老の1人に任じられて重きをなしました。また、兼続も秀吉の目に止まって、天正16(1588)年には豊臣の姓を授けられるなど厚遇され、毛利家の小早川隆景、伊達家の片倉景綱と並んで、「天下の三陪臣」と称されるようになります。

その後、小田原北条攻め、朝鮮出兵などで上杉家は武功を挙げ、慶長3年(1598年)に越後から会津120万石に加増転封されました。その際に秀吉は「120万石のうち30万石は兼続の分だからな」と言ったそうです。それぐらい兼続が秀吉から高い評価を得ていたということなんですな。

ただしこれは、大名の家臣のうち有能な人物を桁外れに厚遇して、その大名との仲を引き裂くという、秀吉の常套手段でもありまして、秀吉は同じようなことを他にもよく仕掛けました。小早川と片倉に対する厚遇や、かつてここでチラッと触れましたが大友家の立花宗茂に対する厚遇、徳川家康の元から石川数正を引き抜いたのなんかは、その代表例でしょうな。まあしかし景勝と兼続の場合は絆が固く、秀吉の思い通りにはなりませんでした。

そしてこの年の8月、秀吉が死去し、2年後には関ヶ原の戦いが勃発する訳ですが、そのあたりの話は次回にしましょうかね。

では、続きは第五話で。

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2008/12/14

競馬の結果

私の出資馬

シルクバラッド15着
No9スタートは良かったものの、行き脚がつかず中団へ後退。3~4コーナーでは追い上げそうな雰囲気もあったけど、追われてからはサッパリで15着でした。
休み明けって部分もあるかも知れんけど、この距離でもマトモについていけないとはねえ…。もうちょいやれるかなと思ってましたが、終いも全く伸びなかったし、厳しい内容ですな。まあ、まだまだ時間はあるんで、使いつつ少しでも良くなってくれれば、って感じですかね。

シルクマニューバー16着
No9やや出遅れ気味のスタートで、気合いをつけながら最後方を追走。3コーナー過ぎから前を窺いましたが、バテた馬を交わした程度で16着でした。
終始追い通しで、マジメに走ってない感じでしたな。1コーナーで内の馬が下がってきて外に膨れてたし、芝・ダートとか距離だとか、そういう話以前の問題だね。今日はメンコを着けてたけど、ブリンカーとかチークとかフル装備にするぐらいじゃないと、マトモに走れない気がするな。

シルクエンデバー4着
No4スタートで出遅れ、無理せず後方2番手あたりを追走。2週目3コーナー過ぎから外を追い上げ、直線でも良く伸びましたが、前には届かず4着でした。
前で競馬させたいってコメントが陣営から出てましたが、前走先行して大敗したし、勝ち上がった時は後方待機だったし、やっぱり末脚を活かした方が良いね。メンバーがショボかった部分もあるけど、次の優先も取ったことだし、こういう競馬してれば、いずれチャンスはあるでしょ。

シルクストリート13着
No9まずまずのスタートから、離れた4番手あたりを追走。そのまま直線に入り、極端にバテた訳でもないけど、後ろの馬たちに一気に交わされて13着でした。
大外枠だったこともあって、無理には行かなかったんだろうけど、切れる脚を使えるタイプじゃないから、こういう競馬は合わないんだよね。手応えはイマイチでも、ひっぱたけば粘るタイプだし、もっと積極的に動いてほしかったね。まあ今回は枠が悪かったし、仕方ないですな。

Linehouse2

中日新聞杯

ヤマニンキングリーが勝ち、フサイチアソートが2着、イケトップガンが3着だったので、ハズレ。
マンハッタンスカイが逃げて、センカクが2番手で、ペースも落ち着いたようなんで、シメシメと思ってまして、直線ではセンカクが抜け出したんでね、これは久々の単勝万馬券だとガッツポーズの準備までしてたんですが、ゴール直前で力尽きてしまいました…。
結局勝ったのはヤマニンですか、そうですか、どうでも良いです。2着はフサイチですか、元オーナーは今何してるんでしょうか、どうでも良いです。

カペラS

ビクトリーテツニーが勝ち、スリーアベニューが2着、フジノウェーブが3着だったので、ハズレ。
脚抜きの良い馬場になったこともあって、思ったよりペースが速くなりましたかね。結局前にいた馬たちは伸び切れず、終いに賭けた馬たちが上位を独占。ビクトリーテツニーはかつてドバイ遠征した馬ですからね、準OPを勝ったばかりとは言え、ナメちゃいけせんでしたな。
私の本命ダイワエンパイアは12着。体重が18kg増えてたのも嫌な感じだったし、スタートで躓いたし、今日のところは仕方ないでしょ。

阪神JF

ブエナビスタが勝ち、ダノンベルベールが2着、ミクロコスモスが3着だったので、ハズレ。
いやはや強かったですな。正直、人気先行の馬と侮ってたんですが、大外ブン回してゴボウ抜きだもんねえ。道中の手応えは決して良くは見えなかったけど、追われてからの反応は違いましたな。ただ、時計はあんまり良くないよね。ペースや馬場の違いがあるとは言え、ウオッカより2.1秒遅く、トールポピーより1.3秒遅い。このあたりの判断は難しいとこだね。
私が買った馬たちは、11、12、13着と、仲良く並んでましたな。今日は阪神準メインで単勝94倍取っちゃったから、そこでもう運を使い果たしてたみたいです。

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2008/12/12

週末の競馬

私の出資馬

シルクバラッド(牡2歳・2戦0勝)
 12/13(土)阪神4R・2歳未勝利(芝1800m)浜中騎手
Silkballad080713
約5ヶ月ぶりのレース。スタートが下手だし、血統的にも距離延長はプラスでしょうな。何とか見せ場ぐらいは作ってほしいけど、どんなもんかね。

シルクマニューバー(牡2歳・初出走)
 12/13(土)中京6R・メイクデビュー中京(芝2000m)鮫島騎手
Silkmaneuver0809
これがデビュー戦。先週までは調教でいつも先着してたけど、今週の芝での追い切りは遅れましたな。芝のレースでそのあたりがどう出ますかね。

シルクエンデバー(牡3歳・7戦1勝)
 12/13(土)中京7R・古馬500万(ダ2300m)田中博康騎手
Silkendeavor080719
約5ヶ月ぶりのレース。昇級初戦の前走がイマイチだったし、今回は距離も微妙だし、何とも言えませんな。次につながる競馬をしてくれれば良いや。

シルクストリート(牡6歳・18戦3勝)
 12/13(土)中京10R・鳴海特別(ダ1700m)中舘騎手
Silkstreet081011
前走は2着でしたが、結構メンバーもショボかったし、今回は真価が問われますな。スンナリ行ければ大丈夫だと思うんで、頑張ってほしいですね。

Cchukyo

今週の重賞は以下の通り。
12/13(土)中京11R中日新聞杯(Jpn3・芝2000m)
12/14(日)中山11Rカペラステークス(Jpn3・ダ1200m)
12/14(日)阪神11R阪神ジュベナイルフィリーズ(Jpn1・芝1600m)

中日新聞杯

ハンデ戦だし、開幕週で馬場がどうなのかも分からないし、人気処を買ってもつまらないですね。と言う訳で、例によって単複で遊ぶことにしまして、ダンスアジョイセンカクを買っときます。
馬券としては、単勝7、16、複勝7、16。

カペラS

本命はダイワエンパイア。ダートを使うようになってから底を見せてないし、ここ2戦も負けてなお強しという内容だからね。抜けた存在もいないし、重賞制覇のチャンスだと思います。
相手には、カルナバリート、ナンヨーヒルトップ、タイセイアトム、トロピカルライト、ビクトリーテツニー、アグネスジェダイ、フジノウェーブ。
馬券としては、馬連11-10、5、9、ワイド11-4、2、12、6。

阪神JF

前哨戦は大波乱だったし、人気先行って感じの馬もいるし、そもそも2歳牝馬のレースなんて当たる気がしませんな。仕方ないので、ここも単複で遊ぶことにしまして、ワンカラットチャームポットルシュクルを買いますか。
馬券としては、単勝12、14、6、複勝12、14、6。

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2008/12/11

競馬の結果

私の出資馬

シルキーワイルド4着
No4気合いを付けて先行し、後続を引き連れて逃げる展開。余力を残して直線に入り、渋太く粘っていたんですが、残り50mぐらいで一気に交わされて4着でした。
まあ、やるべきことはやりましたね。それでも負けちゃったんだから、これが実力というもんでしょ。平地でもソコソコやれるけど所詮は交流戦のレベルなんだし、もういい加減、障害戦に矛先を変えてくれんかね。試験に落ちたり、実戦でダメだったり、そういう状況になったらまた平地を使えば良いんだし、とりあえず試験を受けようや。

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2008/12/10

明日の競馬

私の出資馬

シルキーワイルド(牡3歳・7戦0勝)
 12/11(木)船橋9R・フェイスフルサドル特別(ダ1800m)中舘騎手
Silkywild081023_3
とっとと障害に行ってほしいんですが、懲りずに交流戦に出走。今回は中舘だし、逃げるだけ逃げて、悔いのない競馬をしてくれればそれで良いよ。

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2008/12/08

上杉謙信・上杉景勝・直江兼続 第三話

天正6(1578)年、上杉謙信が急死し、その跡目をめぐって養子の上杉景勝上杉景虎が対立、のちに御館の乱と呼ばれるお家騒動が起きました。

先手を取ったのは景勝でした。謙信の死後すぐに春日山城の本丸を占拠し、自分が後継者であると宣言。三の丸にいた景虎を攻撃し、これを支えきれなくなった景虎は、春日山城から撤退します。そして、自分の後見人的な存在になっていた元関東管領上杉憲政の居館、御館を本拠地として景勝に対抗しました。

この間、両者は味方を集めるための工作にも奔走。景勝は、のちに直江兼続となる樋口兼続などの上田衆を筆頭に、自分と同じく謙信の養子である上条政繁山浦景国や、斉藤朝信河田長親など謙信股肱の家臣、本庄繁長新発田長敦など揚北衆と呼ばれる下越地方の領主を取り込みます。

一方景虎は、元関東管領上杉憲政を後ろ盾とし、上田衆と対立していた上杉景信などの長尾一族、繁長や長敦と対立していた鮎川盛長黒川清実などの揚北衆、厩橋城主で謙信の関東攻略の現場監督的な存在だった北条(きたじょう)高広、さらには景虎の実兄である北条氏政、北条家と同盟関係にあった武田勝頼、そして会津の蘆名盛氏など、かなりのビッグネームを揃えました。

越後一帯で両派閥に分かれての抗争が始まり、おおむね一進一退という状況になったため、注目は大勢力の氏政と勝頼の動向。氏政は同士討ちで弱ったところを衝いてやるかという感じで、参戦する気はあまりなかったんですが、勝頼はこれに乗じて越後を乗っ取ってやれって勢いで、いとこの武田信豊を大将に約2万の軍を信越国境に派遣します。

武田軍が来るってことで、形勢は景虎方に傾き、このままでは不利と悟った兼続は、景勝に勝頼との同盟を提案、景勝はこれを承諾して交渉に入りました。勝頼は、長篠設楽原の戦いで織田・徳川連合軍に敗れた後で、兵力も財政力も厳しい状況にあり、また氏政が動く気がないこともあって、この同盟を受け入れました。条件として景勝は多額の金と領地の一部を献上、勝頼は妹を景勝の嫁に差し出しました。

武田軍が撤退したため、氏政は重い腰を上げ、弟の北条氏照北条氏邦らを関越国境に派遣。しかし、景勝側は上田衆の本拠地である坂戸城を死守し、景勝と同盟を結んだ勝頼も北条軍を牽制する動きを見せたため、北条軍は乱の中心である春日山城や御館には全く近付けませんでした。結局、北条軍は抑えの軍勢を国境に残して撤退。

こうして武田も北条も景虎の援軍には来ないという状況になり、景虎側は一気に旗色が悪くなりました。景勝側に寝返る者もチラホラ出てくるし、和睦交渉に赴いた上杉憲政は殺されるし、といった塩梅。乱の勃発から約1年後、景虎は御館から脱出し、鮫ヶ尾城に逃げ込んだものの、城主が景勝側に寝返ったため、自害しました。

景虎の死後も、越後を二分した争いはなかなか収拾が付かず、何とか片付いたのは天正8(1580)年でした。しかし、戦後の論功行賞において、景勝が上田衆を優遇したために不満が続出し、新たな問題が次々と起きます。新発田重家の不満を抑え切れないことに苦悩して安田顕元が自害、その重家が織田信長の誘いを受けて謀反、さらには直江信綱が恩賞争いに巻き込まれて殺されるなど、波乱は収まりませんでした。

で、直江家というのは名家だったんですが、信綱に跡継ぎがおらず、このままでは断絶になってしまうということで、天正9(1581)年、信綱未亡人のお船が兼続に嫁ぎ、兼続が直江家を相続。ここに至ってようやく直江兼続という名前になります。これは、自分の側近である兼続に箔を付けるための、景勝の配慮だった訳です。このあたりの話は、大河ドラマでもじっくりやってくれることでしょう。

ここから景勝・兼続主従による上杉家体制が整ってきまして、まあいろいろ話はあるんですが、そのあたりは次回に持ち越しますか。

では、続きは第四話で。

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2008/12/07

競馬の結果

ステイヤーズS

エアジパングが勝ち、フローテーションが2着、トウカイエリートが3着だったので、ハズレ。
私の本命ナイアガラが逃げたんですが、途中からフローテーションが交わしてハナに立って、4コーナーでそれに並んだエアジパングが、直線のマッチレースを制した感じ。長いとこで3連勝してた馬だし、叩き2戦目で状態も良かったんでしょうな。
ナイアガラはなかなかフローテーションに並べなくて、その間をエアジパングにすくわれて、あそこでもう戦意喪失しちゃった感じだったね。

鳴尾記念

サクラメガワンダーが勝ち、ナムラマースが2着、ドリームガードナーが3着だったので、馬連が的中。
トウショウシロッコが逃げるという意外な展開でしたが、最内で包まれるのを嫌ったのか、開幕週で積極的に行ったのか、ってとこですかね。結果的に前が速くなって、中団待機のサクラメガワンダーには持ってこいの競馬でしたな。まあ、この相手ならどんな競馬でも勝ってただろうけどね。

JCダート

カネヒキリが勝ち、メイショウトウコンが2着、ヴァーミリアンが3着だったので、ハズレ。
カネヒキリですか…。怪我する前はダート最強って存在だったから、実力を出し切れば当然の結果なんだけど、屈腱炎で2年半休んでて、叩き2戦目でこれだもの。大したもんだね。そしてまたルメールが上手いって部分もあるんだけど、4コーナーにかけて内のサクセスブロッケンじゃなく外のフリオーソに併せに行って、カネヒキリのビクトリーロードを思いっ切り開けちゃったプラードの騎乗が大きなポイントだったと思うね。あそこでサクセスブロッケンに併せてたら、カネヒキリは抜け出すのしんどかったでしょ。なんか、アメリカの騎手は隙があって、ヨーロッパの騎手はソツがない、そういう差がある気がしますな。
ヴァーミリアンは思ったより後ろからになっちゃったし、サクセスブロッケンは前半無理してハナを奪いに行ったのが良くなかったんでしょうな。

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2008/12/05

週末の競馬

今週の重賞は以下の通り。
12/6(土)中山11Rステイヤーズステークス(Jpn2・芝3600m)
12/6(土)阪神11R鳴尾記念(G3・芝1800m)
12/7(日)阪神11Rジャパンカップダート(G1・ダ1800m)

ステイヤーズS

本命はナイアガラ。準OPを勝ったばかりですが、元々3歳時に3連勝してクラシック戦線に乗ってた馬ですからね。母方は長距離系の血が並んでるし、この距離で素質開花といきたいとこですな。
相手には、トウカイトリック、マキハタサイボーグ、フローテーション、エアジパング、ベンチャーナイン、メイショウクオリア、メイショウカチドキ。
馬券としては、ワイド13-10、7、14、4、11、8、16。

鳴尾記念

本命はサクラメガワンダー。このメンバーで別定の56kgだったら、負けてらんないでしょ。まあ勝ち切れないタイプだから、善戦止まりってこともあるだろうけどね。
相手には、トウショウシロッコ、キャプテンベガ、ノットアローン、ナムラマース、メイショウオウテ、ショウワモダン、テイエムプリキュア。
馬券としては、馬連16-1、3、8、13、ワイド16-7、10、11。

JCダート

思いっ切り人気だとは思いますけどね、普通に考えればヴァーミリアンサクセスブロッケンでしょう。今年からこのレースは阪神開催に変わり、両馬とも阪神ダートは未経験っていう不安材料はあるけど、まあ問題ないと思います。と言う訳で、男らしくこの2頭の馬連1点勝負、といきたいとこですが、他の馬が間に入ってくる可能性もあると思うんでね、この2頭軸の3連複も押さえときましょう。
3連複の相手には、メイショウトウコン、ワンダースピード、ワイルドワンダー、ブルーコンコルド、カジノドライヴ、カネヒキリ、フロストジャイアント。
馬券としては、馬連6-7、3連複6、7-5、1、15、12、11、10、2。

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2008/12/02

上杉謙信・上杉景勝・直江兼続 第二話

天正6(1578)年、上杉謙信が死去し、その跡目をめぐってお家騒動が起きました。騒動の中心となった館の名前をとって、御館(おたて)の乱と呼ばれています。

謙信は妻帯しておらず、実子がいませんでしたが、上杉景勝上杉景虎上条政繁山浦景国と、4人の養子がいました。このうち、政繁と景国は上杉家分家の家督を継いでいたので、本家の相続資格はないに等しく、景勝と景虎が後継候補という状況。

景勝は弘治元(1555)年、父長尾政景、母仙桃院(謙信の姉)の次男として誕生。幼名卯松、元服して顕景。父政景は中越地方の坂戸城を居城とし、上田衆と呼ばれた配下を率いた長尾一族で、謙信が兄長尾晴景と対立した時は晴景側につき、謙信が家督を継ぐに至って謀反を起こしたものの、謙信に攻められ降伏。懐柔という意味もあって、謙信の姉が嫁入りしましたが、その後も何度か謀反の疑いをかけられた人物です。

永禄7(1564)年、政景は野尻池(野尻湖とは別のとこ)で船遊びの最中に溺死。この時、謙信の参謀だった宇佐美定満も一緒に死んでおり、謙信の密命を受けた定満による謀殺だったのではないか、という説も当時から囁かれています。

父が死に、長兄も早世していたため、顕景は謙信に引き取られて養子となり、その2年後あたりから戦陣にも参加。父の遺臣である上田衆を率いて活躍し、天正3(1575)年には上杉景勝と改名。謙信から弾正少弼の位も受け継ぎ、後継候補としてエリート的な扱いを受けていました。

その景勝の側近が直江兼続。永禄3(1560)年、長尾政景の家臣樋口兼豊の長男として誕生。幼名与六。景勝の近習として仕えていたらしく、政景が死んで景勝が謙信の養子となった時、一緒に謙信の元に引き取られたという通説がありますが、もっと後だったんじゃないかという説もあり、詳しいことは良く分かってません。

ただ、少年の頃から景勝に近侍していたのは間違いないようで、学友とでも言いましょうか、そういう存在だったと思われます。元服して樋口兼続となり、景勝とともに戦場にも赴きましたが、その頃はもちろん采配を任されるような立場ではなく、親衛隊みたいな供回りだったんでしょうな。

もう1人の後継候補である景虎は、元々北条三郎(氏秀という説もあり)という名前で、北条氏康の7男として天文23(1554)年に誕生。武田・北条・今川の甲相駿三国同盟が成立した際、人質として武田家に出されたという話がありますが、それは別人の氏秀じゃないかという説が有力なので、混同を避けるためここでは三郎で話を進めます。

元亀元(1570)年、謙信と氏康が同盟し、その際に三郎は人質として越後に来ました。こういう場合の人質ってのは、本来あまり良い扱いを受けないんですが、三郎は容姿端麗な美少年だったこともあり、謙信に物凄く気に入られます。謙信の養子となり、謙信の昔の名前をもらって上杉景虎と改名し、景勝の姉を正室にしました。

景虎は、元々人質として越後に来たので、景勝とは違って自分の家臣という存在もほとんどおらず、戦陣での活躍というのは全くと言っていいほど記録に残っていません。どちらかと言うと風流とかそっち方面が堪能だったらしく、実父氏康と対立していた元関東管領上杉憲政と親しくなったのも、そのあたりが要因と思われます。

で、景勝・景虎の後継候補2人の序列がどうなってたのか、まあこれがはっきりしてなかったから、お家騒動になる訳ですが、謙信としては、越後国主と越後上杉家の当主を景勝、関東管領と関東上杉家の当主を景虎、という風に考えていたのではないか、と言われています。

両者の扱いという意味では、景勝は戦陣にガンガン連れて行き、景虎はほとんど参加させてないという違いがあり、景虎の方を大事に思ってたんじゃないか、いやいや景勝こそ頼りになると思ってたんじゃないか、などなどいろいろな説がありまして、まあ後世の人間が断じるのはなかなか難しいものがありますな。

で、謙信が後継者を明言しないまま突然倒れ、ロクに意識も戻らないまま死んだため、景勝と景虎の後継者争い、御館の乱が始まる訳です。

え~、本来なら今回、御館の乱をきっちり書くつもりだったんですが、登場人物紹介だけで結構な量になってしまったので、次回に持ち越します。

この勢いだと全何話になるかわからんね。もっと簡単に終わらすつもりだったんだけど。まあ大河ドラマが始まるまでには終わらせたいと思います。

では、続きは第三話で。

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2008/12/01

ほんとに大丈夫なんだろか?

横浜からFA宣言してた三浦の残留が決まりました。

まあ仕方ないですな。相当悩んでたみたいで、ここ最近はインタビューでも覇気のない目をしてて、一見ノイローゼかなって感じだったし、そんな思い詰めた状態で来られても困るしね。それに、三浦はウチにだけはえらく相性が良くて、他のチームが相手だと大した事はないんで、もしウチに来ちゃうと三浦にとってはお得意様がなくなって、勝ち星も大幅に減るんだから、まあ当然の選択と言えばそれまでだし。

しかしだね、杉山から背番号18を剥奪し、ボーグルソンをクビにしてたとこを見ると、ウチのフロントは三浦を獲れると思ってたみたいだな。結局、新監督の真弓や、三浦の親父が後援会に入ってるという岡田も出向かなかった訳で、そこらへんの力も借りず、テメエらだけでどうにかなると思い込んでて、結果がこれだからね。ほんとにウチのフロントはボンクラだ。

それから、ウィリアムスの契約が微妙になってるようですな。今年の成績を考えればダウン提示は当然なんだけど、代理人がゴネてて、どっか他が手を挙げればウチから出ていく可能性もあるそうな。だけど、悪いけど今のウィリアムスに2億3000万の価値はない。明らかにピークは過ぎてるし、出たいなら出てくれて結構だよ。

中日の川上はメジャーのお誘いがあるようだから、どうやら獲得は難しい。野口が横浜に行きそうだから、西武の野田を獲るって話も出てたけど、最近は音沙汰なし。メンチとかっていう外人は獲れそうだけど、使えるかどうかは未知数。あと他になんか動いてんのかね?

能無しフロントに任せっきりだから、戦力補強どころか、このままだと戦力ダウンしそうな勢いなんだけど…。

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