今年の大河ドラマ「天地人」が終了しました。
先週も含め、何度も文句をたれてたので、繰り返しになるんですが、とにかく不満の残る内容でした。まあ、直江兼続を知らない、この時代のことも知らない、そういう人が見たら、人情時代劇として楽しめたかも知れん。だけど、こちとら兼続も好きだし、ここらへんの時代も好きだし、そういう人間からすると、ちゃんちゃらおかしい。
とりあえず、当時の時代背景や人間関係、いろんな設定って部分で、史実と違う部分が多過ぎ。まあ、これはあくまでもドラマであって、歴史検証番組じゃないんだから、何もかも史実に沿う必要はない。だけど、こういう物を作る側のモラルとして、史実を知らない人に誤解を与えるような創作は避けるべき。
こういうドラマにありがちなのは、主人公がとにかくどんな局面にも顔を出して、ここでもあそこでも活躍しました、って感じ。今回の大河もご多分に洩れず、兼続があっちこっちに顔を出して、実際には一切関与してない件でキーマンに仕立て上げられちゃってた。信長に謁見したり、小早川秀秋の引き取りを依頼されたり、挙句の果てには千姫を救出したり、それ以外にも腐るほど創作があったけど、ほとんどデタラメ。
古畑任三郎とか杉下右京なら、ひょんなことから事件に遭遇して、冴えた推理でズバッと解決、この人にかかればどんな難事件も終了、そんなストーリーで良いよ。だけど、兼続は実在した人物なんだから、事実無根のフィクションやっちゃいかんだろ。それに、兼続は一大名の執政という立場であって、基本的には国政に口を出すようなレベルの人じゃないんだから、ちょいちょい家康とサシで話したりしねーし、ましてや病床に呼ばれるなんて有り得ねーだろ。そこらへんちゃんと区別しないと。
あとね、女性陣がしゃしゃり出過ぎ。まあこれは脚本家が女性だからって部分もあるし、大河ってことでそれなりの女優揃えちゃって、揃えた以上はそれなりに登場させないといけないって部分があるんで、仕方ないと言えば仕方ない。
だけどね、この時代に限らず、昔の女性の立場って我々が想像するよりはるかに低くて、例えば紫式部や清少納言ってレベルの有名人でも、本名ははっきり分かってない。今回の大河では、兼続の母が「お藤」って名前になってたけど、実際には名前は不明。
そういうレベルの人たちが、子供を諭すのに講釈たれるのは結構だけど、政治的な部分にまで口挟むのはおかしいでしょ。まあ、謙信の死後に妙椿尼が遺言を捏造したのは史実と言われてるけどね。
とにかくね、こんな創作必要ないだろ⇒こんな表現したら誤解されるぞ⇒ここまでやったら完全に嘘なんだけど⇒結局辻褄も合ってないんだけど、ってシーンがあまりにも多過ぎ。
もちろん、創作そのものを否定するつもりはないよ。歴史上解明されてない部分や、諸説さまざまで事実関係が良く分からない部分は、作り手が好き勝手に創作したって構わないと思う。兼続の幼少時代は良く分かってないから、もみじがどうだこうだって、お涙ちょうだいの創作したって結構だ。だけど、厳然たる事実が分かってる部分で、次から次へと嘘八百の創作しちゃいかん。それはもう捏造ってレベルだ。そういうことは、架空の人物でやるとか、戦国BASARAみたいなおとぎ話でやってくれ。
先週も書いたけど、ある程度の知識があってここまで無茶苦茶やってんなら神経疑うし、知識がないのならしっかり勉強すべき。出演者の人選も大事だけど、制作サイドの人選をもっとしっかりやんないと、大河はどんどんダメになってくぞ。
まあ、いろいろ文句を言い出したらキリがないので、これぐらいにしときましょう。
で、来年の大河は龍馬ですか。福山雅治が演じるので、数字も取れることでしょう。お龍や乙女を誰が演じるのか知りませんが、ご多分に洩れずしゃしゃり出てくるんでしょうな。そうなると、辻褄が合わなくて、取って付けたような話になるんでしょうな。一応見るつもりではいるけど、あんまり期待しない方が良いかもね。
それよりも、今週末から始まる「坂の上の雲」の方が楽しみです。司馬さんが死ぬまで映像化を拒み続けてきた作品で、それをこうしてドラマにする訳だから、制作サイドもそれこそ死ぬ気で作ってるだろうし、登場人物もそれほど女性はいない筈だし、骨太な作品に仕上げてくれると期待してます。
とりあえず今年OAするのは日清戦争あたりまでのようなので、軍人としての秋山兄弟の話よりも、正岡子規も含めた3人の若かりし頃の話が中心になるんでしょうかね。真之も子規も私の中学高校の先輩ですし、と言ってもその頃は学校の名前も違ってたし、予備校的な存在だったようですが、まあまあ先輩は先輩ですから、きちんと正座して見ようかなと思ってるので、それに見合う作品に仕上げてほしいですね。
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